つながることで、防災はもっと強くなる
今回和歌山県西室振興局地域づくり部と共同主催にて地域防災活動交流会を開催いたしました。前半の部では、地域で防災活動に取り組む3者から、それぞれの活動や実践について発表がありました。

後地域事業部からは、「ヒトボー(人と防災)・ショクボー(食と防災)・アキボー(空き家と防災)・ケンボー(建築と防災)」の4つの柱を軸とした活動を紹介しました。
key-Waの新谷さんからは、災害時に必要となる「食」と「排泄」をテーマに、平時から知識や技術を身につけておくことの重要性についてお話しいただきました。「知らないことは、緊急時にはできない。」災害によって大きなストレスがかかる状況でも、助かった命をその先へつないでいくためには、食事や衛生環境を整えることが欠かせません。ポリ袋調理など、平時から実際に体験しておくことが、いざという時の力になります。
新庄町まちづくり協議会の井瀬さんからは、地域で行った避難訓練について発表がありました。実際にカムチャッカ半島地震による津波警報が発表された際には約300人がBig-Uに避難しました。しかし、大人数が一斉に避難すると、指示が行き届きにくく、救援物資の配分も難しくなることを実感したそうです。
そこで改めて見えてきたのが、「災害が起きてから連携する」のではなく、「災害が起きる前から関係をつくっておく」ことの大切さでした。
能登半島地震で活きた平時のつながり
そして今回、後半の部特別講演として、能登半島地震後の復興活動に携わる森山さんから「能登半島地震で活きた平時のつながり」というお話を伺いました。

2024年1月1日に発生した能登半島地震では、土砂崩れ、津波、火災、地盤隆起、建物倒壊、液状化など、さまざまな災害が同時に発生しました。避難所では、身体的にも精神的にも厳しい生活を強いられます。そんな中で森山さんが感じたのは、平時から地域に存在していた「つながり」が、避難生活そのものを変えていたということでした。
地域の中に顔見知りが多く、日頃から交流がある場所では、避難所でも自然と声を掛け合い、思いやりを持って運営されていた。一方で、普段からのつながりが少ない場所では、それが難しくなる。
つまり、避難所で安心して過ごせるかどうかは、災害が起きた瞬間から始まるのではなく、そのずっと前から始まっているのです。
だからこそ、日頃から地域の人と顔を合わせること、趣味や地域活動を通して人と関わること、世代を超えて交流することが、防災にもつながります。
森山さんは、地域で長年続くお祭り「青柏祭」を例に、幅広い世代の人が関わる場が、結果として災害時の大きな支えになったことも紹介してくださいました。
子育て世代のコミュニティや老人会などは、それぞれの横のつながりをつくりやすい一方で、世代やコミュニティをまたいだ「縦のつながり」は生まれにくい。だからこそ、複数のコミュニティに関わる人や、異なる世代をつなぐ人の存在が重要になります。そのたてのつながりを作ってくれたのが、地域のお祭りでした。
そして、もう一つ重要なテーマとしてお話しいただいたのが、「中間支援組織」の存在です。
能登半島地震の発災後、森山さんたちは中間支援組織として活動を始めました。被災地には、全国から「何か支援したい」という声が集まります。しかし、支援したい人と、実際に支援を必要としている地域をつなぐ役割がなければ、その善意を十分に届けることはできません。
森山さんたち4人だけで、人口約20万人の能登地域を支えることは到底できませんでした。そこで力になったのが、平時から築いてきたつながりでした。
県内の青年会議所同士が協力して物資を運び、地元企業が協力して食事を提供する。県外から能登に関わってきたインターン生が、復興イベントの力になる。
一つの組織だけではできないことも、「人と人」「地域と地域」「支援する側とされる側」をつなぐ存在があることで、大きな力に変わっていく。これが、中間支援組織の大きな役割です。
さらに復興は、短期間で終わるものではありません。長期的な活動を、一部の人だけが担い続ければ、その負担は大きくなります。だからこそ、地域の外から期間限定で力を貸してくれる人を受け入れ、地域の人たちが長く活動を続けられる環境をつくることも重要になります。
こうした支援を可能にするのも、結局は平時からのつながりです。
今回の交流会で紹介されたさまざまな活動は、一見すると「食」「避難訓練」「地域交流」「お祭り」「復興支援」と、それぞれ違うものに見えます。しかし、その根っこにあるものは同じです。
「いざという時に、一緒に動ける人がいるか。」
その答えは、災害が起きた時につくることはできません。
日頃から顔を合わせる。
一緒に何かをやってみる。
地域のことを知る。
世代を超えて話をする。
防災について学び、実際にやってみる。
そうした一つひとつの積み重ねが、災害時の「助け合える関係」になります。
2007年にも起こった能登半島地震を経験した森山さんは、「どう動けるかは、日頃の教育の賜物」と考えて活動されてきました。災害への備えというと、防災グッズや非常食を思い浮かべるかもしれません。もちろん、それも大切です。けれど、本当に大切な備えの一つは、「人とのつながりと、互いを思いやる心」なのかもしれません。
後地域事業部では、こうした中間支援組織として地域で機能できることを目指しています。
災害が起きた後の暮らしを少しでも安心できるものにするために。そして、一人ひとりの力を地域の力へと変えていくために。
平時から地域とのつながりを築き、いざという時に人や情報、支援をつなぎながら、柔軟に動くことのできる仕組みづくりを、これからも続けていきます。(文・写真 / 加藤綾)

